ruma’s diary

優しく豊かな世界へ共に。

ネアンデルタール人の歴史⑥/〝絵”の発明について

『怪』角川ムック本より転載

荒俣宏/霊の歴史・ネアンデルタール人の世界史

 

 

*****

 

 

⑥〝絵”の発明について

 

 

ネアンデルタール人と現生人類とは、同じ時代に生きた期間があり、しかも生活域が接近していた場合もあると云われている。

だとすれば、当然、ネアンデルタール人と現生人類との混血が成立してもよい。

 

現代の我々の遺伝子に、ネアンデルタール人のそれがもっと混じり込んでいてよいはずだが、染色体調査ではどうも我々の血に彼らの血は混じっていないらしい。

 

では、なぜ混血が生じなかったのか。

 

考えられることは、混血しても生まれてきた子に生殖能力がなかった可能性である。

これは双方の染色体数が異なるときによく起こる。

 

第二に、性器とくにペニスが両方のオスで形態が異なり過ぎ性交そのものが困難だった可能性である。

だが、最も可能性が高いのは、ネアンデルタール人と現生人類とでは愛の示し方が異なり、性交の前提である愛情の醸成ができなかったという可能性である。

これは身ぶりと表情のコミュニケーションと、好ましいもの・好ましくないものを見分ける美意識とに関わってくる。

 

ここで、ひとつの重大な現象を述べなければならない。

 

ネアンデルタール人には赤黄土のような塗料があったにもかかわらず、洞窟画をはじめとするアート(芸術)が発達せず、それは三万年前から突如としてクロマニヨン人の間で大発展を遂げたのである。

 

ネアンデルタールの謎』(角川書店刊)を書いたジェイムズ・シュリーヴは、ネアンデルタール人の道具工場跡とされたハウィソンズ・プールトの解明に触れながら、道具に芸術の痕跡がないことを指摘して、次のように書いた。

 

【……ハウィソンズ・プールトがあらわれたのは、今から七万年前である。

シンボルと芸術が初めて一斉に花開いたのは、それから約三万年後、ヨーロッパの上部旧石器時代になってからのことだ。

 

シンボルの力を認識することに人間となる関門があるとすれば、どうしてそんなに長い時間がかかるのだろうか】

 

シンボルの力を認識する!

 

この言及には、我々をハッとさせる予感が含まれている。

ひょっとしたら、シンボルを記し、絵を描くという行為の獲得が、現生人類をネアンデルタール人から引き離したのではないだろうか。

 

通訳では、ネアンデルタール人の妊娠期間は我々よりも二、三ヵ月長く、したがって比較の上で子供の数が少なかったといわれる。

この点が、まず両種の雌の愛情や発情状態の差を生んだことは、十分に考えられる。

 

その場合、両種の雌は彼女たちなりに雄を惹きつける誘惑のサインを身につけたに違いない。

 

耳飾りをつけたりボディ・ペインティングを行ったりしたことだろう。

 

しかし、ここにもしも強力極まりない「シンボル」が持ち込まれたらどうだろうか。

 

シンボルとは、実物の身代わりとなるもののことである。

 

人を殺す場合、直接相手に矢を向けるのではなく、相手を模した人形に矢を射て、その実効を相手本人に及ぼすこと。

 

こういう行為を可能にするその代替え物が「シンボル」である。

 

それは人形や髪や衣服といった物品の場合もあるが、絵や記号ーーーのちには文字が使われる場合もある。

たとえば顔にペイントを施すとき、それを抽象的にではなく、毒蛇と同じように塗ったとする。

すると本人はシンボルの力を得て「蛇」自体に変身するのである。

 

現生人類のあいだに実践されている呪術に、共感呪術あるいは類感呪術と呼ばれる一方法がある。

 

これは「似たものは似たものに影響を与える」とする類似の原理に基づく。

 

J・フレーザーの『金枝篇』によれば、多くの部族間で雨を呼ぶ呪術として、火を焚き黒煙をあげ、太鼓を叩き、水をまく儀式が行われるが、これは実際に天にも黒煙と雷を起こし、雨を降らせるための「類似行為」であるという。

 

この黒煙、太鼓の音、そして撒水が、まさにシンボルにあたり、書くまでもないがシンボルを用いることは「呪術」を使用することと同義なのである。

 

このシンボルを、もっと一般的に「絵」に置き替えてもよい。

 

クロマニヨン人や原アフリカ人が住んだヨーロッパやアフリカの洞窟には、今も非常にあざやかな壁画が残されている。

その描写は極めて正確で、今日の細密画家のそれに匹敵する。

 

しかし、彼らはアートを創作していたのではない。

これは類感呪術の実践なのである。

狩りとろうとする動物を極力「似せて」描き、この絵に向かって矢や槍(ヤリ)を打ち込む。むろん矢矢槍も絵なのである。

 

だが、絵の上での行為に呪術が加わるとーーー絵の出来事を現実の世界に影響させる作業を加えると、途端に全ての事情は変化する。

 

呪術は成就し、本当に森の獲物が得られるのである。

そこで、絵で描いたことを実際の事物に反映させる媒体というのが、他ならぬ〝霊”なのである。

 

ここに至って、現生人類は呪術を獲得し、霊を使役する方法を知った。

 

火を利用する術に次ぐ、宇宙の強大なエネルギーの利用術が成立したのである。

 

おそらくネアンデルタール人も、霊を恐れ、霊を尊敬し、霊を求めたと思われる。

それは死者に花を手向けるなどの風俗を見ても、真実と信じられる。

 

だが、霊を受動的にではなく、能動的に使役する方法までをも所有していただろうか。

否定的な物証の一つが、類感呪術の基礎となるシンボルや絵の発達の悪さである。

 

このシンボル操作力は、人間の生存に関わる二つの分野で最もよく機能したと思われる。

 

一つは男、あるいは女を魅惑する場合である。

顔にシンボリックな化粧をし、多産であることを強調する。

そしてもう一つは、何といっても狩猟や雨乞いを首尾よく達成させる場合である。

 

霊を味方につけた狩猟は、はじめから成功が約束されたも同然だった。

 

このシンボル力は、しかし、シンボルを理解しない相手に対しては効果を発揮しない。

 

ネアンデルタール人と現生人類との間に壁をつくった原因は、案外、このシンボリックな呪術の成立にあったのかもしれない。

 

そして想像を逞しくするならば、この呪術の獲得を左右した能力こそ「言語能力」であった可能性が大きい。

 

多くの学者は化石を通して、ネアンデルタール人の言語能力が現生人類よりも劣っていた可能性を指摘している。

 

コリン・ウィルソンなどは更に一歩進んで近著『アトランティスの遺産』において、ネアンデルタール人の絶滅原因を呪術の差に置く仮説を公にした。

 

【……単なる動物レベルから、知識が何らかの言語の形で集約できるようになったのだ。

 

一本の木、川、あるいは山を神と見ることは、そういうものを、新しい不思議な印象をもって見ることである。

今日でさえも、新たに改宗した者は、世界を不思議な感じをもって眺め、全てが違って見えるのだ。

(中略)

が、ネアンデルタール人は宗教的だったのに、歴史からその姿を消した。

この理由は一つしか考えられない。

 

彼らにとって代わった生き物は、更に高度な精度とコントロール感覚を持ち合わせていたということだ。

 

ネアンデルタール人が、独自の狩猟の魔術を持っていたことは間違いない。

 

しかし、シャーマンや、儀式や洞窟の壁画といったものを有していたクロマニヨン人の魔術と比べると、それは自動車と比べた自転車ほど初歩的だったに違いない】

(川瀬勝・訳を一部アレンジ)

 

 

 

*****

 

 

⑦に続く